この記事は、
・今までいろんな努力をしたのに人見知りが治らなかったけど、治せる方法はあるのか?
について書いています。
人見知りは、本当に治す必要があるのでしょうか?
必要以上に、気にし過ぎるといい事ないですよ!
僕は、10年以上対人恐怖症だった過去があります。言い換えれば、人見知りを極めた状態とも言えるのではないでしょうか?
そんな僕が、過去の経験から以下の情報をご提示致します。
・人見知りは直すのではなく、その性格とうまく付き合っていくという新しい視点の考え方を学べる
それでは、お役に立てるよう全力で綴りますので、是非とも宜しくお願い致します。
もくじ
1.あなたの人見知りが治らない理由
どんなに努力しても、今まで人見知りが治らなかった人はなぜ治らな買ったのでしょうか?
僕自身も昔から結構努力したのですが、結局のところ微々たる変化しかありませんでした。
そんな、自身の経験から、人見知りが長年治らない原因について、いくつかお話しできればと思います。
▷長い年月の中で、人見知りの証拠を集めすぎて、自分=人見知りという観念が定着してしまっているから
自分は人見知りだという気持ちが強くなったのはをいつからですか?
かなり前から持っていたとすれば、自分が人見知りである数々の証拠を集めて、人見知りの自分を強化してしまっています。
だから、そう簡単に治せない状態まで定着してしまい、本やちょっと見聞きした情報程度では、簡単に治らなくなっている可能性があります。
そこまでいっていれば、もう性格です。
後天的であっても、その圧(自分は人見知りだっていう強い気持ち)を長くかけ続けていれば、もう人見知りという性質があなた自身の性格になってしまっています。
性格というのは、もちろん生まれ持った気質、遺伝子の情報によって決まる性格的な部分はあります。それは、もう変えることができないものです。背の高さがまさにそれで、背が低い人が背が高くなる方法はシークレットブーツ以外思い浮かびません。
人見知りを意識したのが、幼少期だとしたら、それは先天的なものであり、身長と同じようにそう簡単には治らないとものです。
でも、昔は人見知りがなかったのに、成長の過程でそうなった(例えば、いじめなどの経験で人と話すのが苦手になったなど)のであれば、それは本来カウンセリングなどの心理療法で治すことが可能なものです。
ただ、長い年月なんの対策も無しに、人見知りという事実を浴び続ければ、もう先天的な性格と同じくらい強固で揺るがないものになってしまっている。
なので、治らないのもしょうがないと考えた方がラクです。
▷自分はダメだという自己否定が根っこにあるから
人見知りをしてしまう自分にダメ出ししてている状態で治そうとしても、人見知りはどんどん強靭なものになっていき、なかなか治すことができなくなります。
改善を目指して、ダメ出しをしてしまうのだと思うのですが、そうやって人見知りな自分をダメ出しする事で、そのダメな部分に自身のフォーカス(注目)が向きやすくなります。
そうなると、ダメな部分を強化するための証拠を自動的に脳が集め始めます。
そうなると、“自分は人見知りでダメ”を表す事実を日常の至る所から発見する機会が多くなります。
その結果、“人見知りな自分はダメ”を強める証拠がたくさん集まってきて、治る!という希望を持てなくなり、改善から遠ざかるからです。
証拠を集めてしまう例として、欲しい物や好きなものがあったりする場合、その情報ばかり目がいってしまったり、聞いてしまう事が多くなった経験がありませんか?
例えば、好きなアーティストの今週の楽曲売り上げランクは覚えているけど、特に気にしてないアーティストのランクはほぼ覚えてないですよねぇ。
他には、欲しいゲームがある場合、その情報がツイッターなんかでよく目に入ったり、CMがやっていれば、おっ!って思ってスルーできなかったり。
そうやって、自分が注力するものの情報は自分の元へ集まりやすくなります。
それは、人間の脳の仕組みがそうなるようにできているからです。
なので、“人見知りな自分はダメ”という情報がたくさん集まってきて、それを証拠にどんどん人見知りを強化してきてしまっているんです。
▷自分がどう見られているかばかり気にする自己中だと気づけていないから
人見知りの原因の一つに、他人の評価を気にしすぎるから話せなくなるという部分があると思います。
『うまく話せるかな』とか、『話し方はおかしくないなぁ~』とか、『変なこと言って嫌われないかなぁ・・・』なんて思ってしまって話せない。
でもこれ、よく考えてみると、自分がどう思われるかしか考えていない。
人見知りあるあるですが、相手の事を考えているようなんだけど、自分がどう評価されるかしか考えていない。
そして、それに気づけていないため、人見知り治らないんです。
もし、自分が人見知りの発動する場面で、自分の評価を意識する気持ちが湧き上がってきたことに気づけば、人見知りが治るまでは行かなくても、今いる人見知りが発動する場面での緊張はかなり軽減されます。
例えば、
『なんか話さなきゃ、どうしよう・・・』って人見知りの人はよく考えてしまう事ですが、こう思う理由は
〔話さないと人に暗いやつとか、コミュ障とか思われる〕
というような、自分がどう見えるかという他人の評価を基準にしたものです。
これを
『あー、今話さなきゃとか思ってるなぁ。人にいい印象を与えたいんだなぁ。なるほど』
って客観的な立場で観察するような考え方ができれば、人見知りという事実に飲み込まれる事が減り、焦りも減り、だいぶ楽になれるはずです。
▷コンプレックスを克服できていない
人間誰でもコンプレックスはあるものです。ただ、このコンプレックスが人見知りが治らない原因になっている可能性も十分ありえます。
コンプレックスは自分の自信を奪い続けます。気になっている度合いが強ければ、そのコンプレックスを理由にして、自分を嫌い、否定し続けるからです。
そうなれば、人と会話することが苦痛となり、人見知りを悪化させます。
最悪、人付き合いを拒絶するようにもなります。
僕がまさにそうでした。
僕のコンプレックスは自身の容姿のことです。
中学の頃、友人からブサイクとか、ブサイク芸人の〇〇に似てるなど言われ、かなり傷つき、容姿がコンプレックスになりました。
そこから、他人と接するのが苦痛になり、高校に上がる事には、劣等感のかたまりになっていました。
それを隠すように頑張っていましたが、頑張れば頑張るほど、他人と接するのが怖くなっていきました。
コンプレックスを意識し過ぎた結果、自信を無くしてしまいました。
2.今まで治らなかった人見知りを治す方法
今までどんなに努力しても治らなかった人見知りを治すことなんてできるのでしょうか?
僕は医者でも心理療法士でもありませんが、ガチの対人恐怖症でした。
言い換えれば、“プロの人見知り”を経験してきました。
そんな僕が思う、なかなか治らない根深い人見知りを治す方法はこれです。
・人見知りとうまく付き合って生きていく覚悟
それでは、見ていきましょう!
▷人見知りな自分を受容する
人見知りの自分をまず受け入れる必要があります。
『人見知りの自分OK』と思えるようになれれば、人見知りが楽になってきます。
やはり今までの人見知りで味わった痛い経験が自身の中で傷となっていて、人見知り=“自分のダメな部分”になってしまっていますよね。
それだと、いつまで経っても人見知りは治りません。
なぜなら、ダメな部分と考えている限り、人見知りはダメという証拠を脳が集め続けて、どんどん人見知りを強化していくからです。
なので、『人見知りでいいんだ』って思えれば、人見知りでもOKな証拠を脳が集め始め、結果的に自信が回復し、人見知りの改善が起こります。
だから、まず人見知りである自分を受容することが大切なんです。
具体的な受容の方法として、対人場面で人見知りによって話せなかったり、うまくいかなかったりしている場面で、自分がどんなことを考えているかに気づくことです。
特に自分を否定するような言葉を自分自身に浴びせている場合は注意が必要です。
『人見知りの自分はダメ人間だ』
『なんでもっとうまく話せないんだ!!』
『この年齢で人見知りなんて・・・・情けない』
『このコミュ障が!!』
このような様々な自己否定が心の中で起こると思いますが、これにまず気づく。
そして『~っておもっているんだなぁ。なるほど』と文末に、客観的な立場で自己否定を受け入れる。
これだけです。
今まで自分に向けてきた否定を意識的にやめて、自己否定を客観的に受け入れること、自分の痛みに耳を傾けてあげる。
誰かに話を聞いてもらえると気持ちが楽になるのと同じで、自分で自分の気持ちを聞いてあげて楽にしてあげることが受け入れるということです。
▷人見知りとうまく付き合って生きていく覚悟
人見知りはどんなことをしても“完全”には治らないです。
やはり遺伝的な部分もありますし、幼少期に生育歴にも関係してくるので、そう簡単に完璧に治すことはできません。
こんなことを言うと、絶望的な気持ちになる人もいるかもしれませんね。
でも安心してください。
人間、誰だって苦手や不得意、悪癖などあるもんです。
否定しないことと似ていますが、それとうまく付き合っていこうって覚悟を持つことで、もっと楽に生きられます。
簡単に言うと、人見知りを治さないと覚悟しちゃおうぜってことです。
『えっ!!何言ってんの?!』
って言われちゃいそうですが、きいてください。
人見知りを治そうと考えた場合、そこには少なからず“努力”が必要です。
努力というのは、目的を達成するために苦労をすることを言います。
それは、今の自分に抵抗することです。
『これじゃダメだ!』って自分を否定することです。
だから苦しいんです。
それをやめて、人見知りと共存していく選択を取ると、その苦しさが解消され、結果、人見知りで辛くなることがなくなります。
例えば、“対人関係を広げたい”という願望があなたにあったとします。
そして、その願望を実現するために、あなたは人見知りの性格がネックだと考えました。
その時、《まずは人見知りを治して対人関係を広げる》としました。
ですが、こうすると努力する期間が必要だし、どれくらいの時間努力すれば治るのかわからないし、どう努力すればいいのかもよくわからないため、試行錯誤の時間も必要になります。
今の願望が、“対人関係を広げたい”と考えているのに、対人関係を広げる努力ではなく、人見知り改善の努力がまず先となります。
はっきり言って、こんなことしていたら、時間ばかりかかって、目的を達成できるまで相当の苦労を要します。
ですが、これを《人見知りを治さず、人見知りのままできることをやろう》と考えた場合、どうでしょうか?
もちろん対人関係を広げる場に行けば、相当緊張するでしょう。うまく喋れるかもわかりません。
でも、すぐに願望を達成するための、行動を起こせる。
何事もそうですが、目標を達成するためには行動は絶対に必要です。
寝てて叶うような願望なんてこの世にありません。
それだけ、行動は重要です。
『人見知りが治るまで待って!』
だと、動くまでに時間がかかりますし、そもそも治らなかったから動けないとなる可能性も十分にあります。
ですが、『人見知りでできることをやってみよう』としてしまえば、それだけ願望に到達する時間が早まるのです。
自分を否定せずに、人見知りと共に歩むと覚悟を決めることで、圧倒的に結果に近づくのです。
人見知りが治らないとどんなデメリットがあるか?
僕が対人恐怖症の時に思っていたことは、
『この性格でどんなデメリットがこの先生まれるのだろう・・・不安だ・・・怖い・・・』
でした。
まとめ
僕も長い間人見知りに悩まされてきましたし、かなりの損も経験してきました。
ですが、それは自分が人見知りであることを受け入れられなかったからだと今では思います。
人見知りでもそれは自身の愛すべき性格だと捉え、人見知りがある状態で出来ることをすれば、自ずと自分に合っている道が開けていたんだろうなと感じます。
というわけで、人見知りである自分を認めて前進するだけで、OKです。
なんでもそうですが、僕は、無理せず出来ることを丁寧に集中こなしていけば、必ずいい方向に転ぶと信じています。